雨ヨ。
21日(土)5:00A.M.
NHKのニュースを観ていたら、丸の内が銀世界だった。
コレはLIVEの映像だ。
窓を開けて見ると、
夜明け前の暗い空に銀世界が広がっていた。
「もう、積もってるのかよ!」
近くにあった電池切れ間近のデジカメを取り、この様を撮影。
それが上にあるPHOTO:「雪が降る」
暫し、雪の降る様を眺め、そっと窓を閉める。
次第に辺りが明るくなり、雪化粧した街並みを眺める。
目が覚めると、雪はさらに降っている。
そして、ベランダから眺めると結構、積もっている。
ニュースによると、5cm以上積もったのは2001年以来、とのコト。
この雪の中では買い物に行く気もないが、とりあえず外に出てみる。
アスファルトにはなかなか雪が積もっている。
2,3人の中学生らしき男子が遊んでいた。
そして、滑って転びそうになっていた。
兎に角、雪が愉しいのだろう。
テレビではこの寒さの中、常夏の「常磐ハワイ」を放送している。
22日(日)、遅めの起床。
窓を眺めると、雪は降っていないが、相変わらず白い景観が広がっている。
空は曇っていた。
【アタック25】を観ていると、次第に陽が射し、明るくなった。
路面に積もっていた雪もだいぶ融け出している。
暫し路面の雪が融けるのを待ってから買い物へ出掛けた。
人の踏み込んでいない辺りはまだ白銀の世界が広がっている。
足跡一つない白い地面を眺めるのは、何処かきもちぃ。
買い物を済ませ、夕飯を済ませ、【平成教育予備校】が終わり、風呂へ。
その時、ふと脳裏に惨劇が甦った。
“2001年の大雪”に纏わるあの悲劇を・・・・・・。
それは2001年の1月27日、
この日も雪が降り、朝から積もっていた。
足場の悪い中、浅草橋駅へと向かって歩く彼。
この日はクラブSの巡検だった。
「こんだけ雪が降っているんだから、今日は中止だろ」
と考えていた彼だったが、皆が集まり、電車も動いていたので出発するコトになった。
目的地は木更津。
まだ、【木更津キャッツアイ】や氣志團などが大きな注目を集める前のコトだった。
雪の勢いが増す中、彼らは木更津に到着。
一路、「太田山公園」へ向かった。
あまりの寒さで記憶が殆んど無いのだが、博物館のような場所を見学した、と思う。そして、博物館の人に吃驚されたような気がする。
そして、「きみさらずタワー」なる場所で友人の傘が骨折した、と記憶している。
さらに雪が降り頻る中、木更津から五井へ辛うじて移動。
ドラマのロケでも御馴染みの小湊鉄道に乗り込み、一つ先の上総村上へ。
上総村上から深い雪の中を、「上総国分寺」目指して歩を進めた。
途中、彼の傘もついに複雑骨折を起こし、彼自身の心と身体も複雑骨折したような感覚に陥ったみたいだ。
この時は泣きたい程辛い道中だった、という彼。
ようやく到着した上総国分寺跡の博物館のような場所で暖を取り、休息。
帰りは近くにあるバス停から五井駅まで戻った。
バス停まで向かう途中に見つけた雪だるまに癒しと憎しみを抱いた、と言う彼。
だが、引率者に奢って貰ったホットのカフェオレでそんな感情は流されたようだ。
帰りの電車も辛うじて運転していたので、そのまま帰路に着く。
しかし、最後の最後まで雪に苦しめられた。
総武線は錦糸町に到着。
普段ならば、ここで下車し、グリーンライナーに乗車して家(この頃は第一の地元)に帰るのだが、何故かこの日は両国まで乗り過ごした。
この時、彼は「両国から大江戸線に乗って新御徒町まで行こう」と考えたのだ。
この考えが今から思えば、否、当時から大きな過ちだと思った。
JR両国駅から都営両国駅への乗り換えは地上を数分歩かねばならないのだ。
地下の連絡通路が無いコトを知らなかった彼。
ようやく、車内で暖まった足を再び冷たく淀んだ積もった雪の中に差し込んだ。
そして、足の感覚を失いつつあった。というより、失った。
新御徒町駅から家は近いので、寒さに耐えながらも、ようやく帰路に着いた。
この日、彼が得たモノは何だったのだろうか?
残ったモノは哀れな傘と、冷たさによる軽い麻痺である。
コレが風呂に入っていた甦った悪しき記憶である。
雪と言えば、スキー場でも痛い目にあった。
この話はまた何れ・・・・・・。
PHOTO 2:「シャーベットなストリート」
だいぶ陽が射し、路面の雪が融けているのだが、陽の当たらない路面はまだこのようなシャーベット状態。
滑って転びそうになったところである。
ザクザクとゆっくり歩を進めましょう。
若しくは、スーッと・・・・・・。
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